宝ヶ口 I 遺跡

宝ヶ口 I 遺跡_遺物の出土状況
[ 遺物の出土状況 ]
所在地
 西条市丹原町湯谷口
所属時期
 旧石器時代

 宝ヶ口 I 遺跡の発掘調査は、四国縦貫自動車道建設に伴って行われ、建設地内の9,500平方メートルが調査されました。その内、後期旧石器時代(約2万年前)の遺物が確認されたのは約1,000平方メートルの範囲で、中山川左岸に面した段丘縁辺上に立地しています。

 出土した遺物はすべて石器で、430点の出土が確認されており、これらは4つのブロック(地点分布)を形成して出土しているほか、石器の接合資料が3例確認されました。こうした確認数は、愛媛県内では比較的規模が大きいものです。出土した石器類は、角錐状石器、スクレイパー、使用痕のある剥片、石核、剥片、砕片、敲石で、製品である角錐状石器とスクレイパーは、点数上で全体の約2%程です。石器に使用された石材は、風化面が淡褐色の頁岩、赤色珪質岩、石英、水晶、チャート、サヌカイト、安山岩、結晶片岩、緑泥片岩があり、多様な石材利用を示しています。点数上でも重量上でも風化面が淡褐色の頁岩が最も多く、点数比で約57%、重量比で約74%を占めており、主体的な石材利用であると考えられます。
 遺構としては4基の礫群が確認され、構成礫は安山岩と結晶片岩で、すべて火を受けて赤または黒く変色しています。こうした礫群は、調理跡の痕跡であることが考えられています。

 出土した石器からは、当時の石器製作を垣間見ることのできる剥片剥離技術が復元されました。具体的には交互剥離によって剥片剥離を行うものと、ブロック状の石核から剥片剥離を行うものがあり、大きく2つの剥片生産方法によって、石器の材料となる剥片が得られていました。また時間的位置づけを考える上での指標となった石器は、角錐状石器と呼ばれる槍先として使用されたもので、これは西日本の各地で姶良Tn火山灰(あいらたんざわかざんばい)の上位から出土することが一般的で、ここで確認された石器製作の様相を考え合わせてみても、後期旧石器時代の後半期(約2万年前)の石器群であるといます。

 宝ヶ口 I 遺跡における発見の大きな成果は、やはり、愛媛においても凡西日本的な歴史階梯を確認することができたことではないでしょうか。また宝ヶ口 I 遺跡の石器群は、今後の旧石器時代研究においても、愛媛県の指標的な石器群として位置づけられ、より詳細で多角的な検証が望まれます。

宝ヶ口 I 遺跡_完掘状況

[ 完掘状況 ]


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